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26歳で死んだ男のブログ

現代に必要なのはありふれた情報でなく、個人の人生も社会も抜本的に変化させる今までに無かった全く新しい知識・技術・商品である。

経済産業省の若手グループにあっぱれ。日本はまだまだ捨てたもんじゃない

 

今日結構ツイッターでもつぶやいた本件。↓

http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf

 

ネット上では賛否両論あるようだが、こうしたネタが世間に広がることは良いこと。

難しいことを難しくいうことより、難しいことをわかりやすく伝えることははるかに難しい。

 

その点、この資料を作ったのは間違いなく優秀な面々なのだろう。

国が出した資料としては珍しくわかりやすい。

 

おそらく内部では先輩職員からの批判もくらっていることだろう。

なんだか若さというか、チャラさが若干感じられないでもないから。SNSの投稿のチョイスとかね。

ある程度のチャレンジがあったんじゃないかと思うが、こうして日の目を浴びるまでオープンにできたことにあっぱれと言いたい。

 

私が特に共感を覚えたのは60ページの記述。

『「公は官が担うもの」という思い込み』により、住民はサービスを受ける”お客様”意識が芽生え官業が肥大して財政負担が増え続けている、という部分だった。

 

現役世代に極端に冷たい社会。

現行を「シルバー民主主義」と揶揄し、痛烈に批判している。

本当に読みものとして単純に面白くまとめられてるので、詳細はぜひPDF資料に目を通してご自身で確認してほしい。

 

 

批判することは、そのこと自体が批判されるフシがあるが、本来、批判するということは極めて重要なことだと思う。

 

批判すること。否定すること。

それにより、物事は進化する。

 

「今までの政治はダメだ!」ということは、「ではどういう政治が必要になるのか?」という次の質問を生む。

 

質問を生むこと=次の次元の世界を空想し、イメージを膨らませること、考えを及ぼすことができる。

 

批判しないということは、現状に満足することとイコールとなる。

日本人に多いのは”批判を口にはしないが、心の中で批判している”ということだ。

これでは物事が進化しないばかりか、思ったことを言わない自分の心の中にわだかまりとストレスを蓄積することになる。

そして多くの場合、これを言わなければ周りも自分の批判を察知することなく、そうして自分はそうした周りの人々を蔑む傾向にある。

極めて不健康な心の動きだ。

 

”言いたいことが言えない”という関係性は負のスパイラルを起こす。

こちらには”言えないことによるストレス”が蓄積され、相手には”こいつは何考えてるかわからない”というまた負の蓄積が積み重なる。

 

国の若手が現行の国の体制を批判し、次なる世界を提案している本資料。

この国の未来はまだまだ捨てたもんじゃないのかもしれない。

国は、官僚や政治家だけが考えるものではないし、彼らだけが所属しているものでもない。

 

私たちひとりひとりが国であり、日本である。

先日までJAPAN MISSION PROJECTというイベントをおこなっていただけに、この国の未来への希望を感じられた今回の件は素直に嬉しかった。

 

私もまだまだこの国のためにやれることをやっていく。

私の場合、まずは教育革命から。

きっとこの先そう遠くない未来、彼らの一部もしくは全部の方々と仕事を共にすることがあるだろう。

 

道は違えど同じ山に登っている。

彼らとの出会いも楽しみにしながら、自分のMISSIONにコミットしていく。

 

ひでき

 

Japan Mission Project全日程全て終了しました!

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1人の人間の決断から始まった本イベント、Japan Mission Project.

 

一向にまとまらない世界の現状。一人一人が一向に自信の持てない日本人。その社会。

みなさんは日本という国をどういう風に捉えているでしょうか。

 

少なくとも私は、この国に生まれて30年。この国の未来に心からの希望を感じたことというのは一度もなかったかと思います。

 

僕らが生きる礎を作ってきてくれた数多くの先人たち。

私たちの祖父母・両親の世代は敗戦後の日本に高度経済成長をもたらし「もはや戦後でない」日本を形作ってきてくれた世代です。

 

テレビ・クーラー・冷蔵庫・洗濯機なんて生まれた瞬間から”あるのが当たり前”そんな、モノ商品に恵まれた豊かな物質社会を作ってきてくれました。

 

戦争に負けてまさに焼け野原の状態から、ここまでの財を日本全体にもたらしたエネルギーには本当に頭があがりません。どれほどの自分たちの悔しい思いと、子や孫にかける愛でこれほどの社会を築いてきてくれたことでしょうか。

 

諸先輩方はまさにそうした物質的に豊かなアメリカや西洋のライフスタイルを自分たちも目指していくという、明確な青写真を共有し、それぞれが各人にしかできない役割を全うしてきたことでしょう。そこに希望があり、未来がありました。

 

少なくともその時代を築いてきた世代の方々に話を伺うと往々にしてそこに対して大きな自信とプライドを持っていらっしゃることが確認できます。

 

仕事を選ぶ余裕もなく、次の時代のためにとせっせと働きここまで恵まれた社会を築いてきてくださった世代の方々が、今の若者たちの「やる気がない」「やりたいことがない」という現状にどんな思いをいだくか、若者のみなさんわかるだろうか?

そして逆にその裏にある、若者への期待、次の時代への願いが深く揺れていることをどれほど感じ取って日々を生きているだろうか?

 

さらに遡れば戦時、多くの兵士が次の時代に生きる人へ希望を託し、自らの命を自ら投げ打って特攻した人たちがありました。

 

明治時代には、自分たちの誇りでありプライドでもある刀を置いて、相手方の様式に合わせた国づくりをしていく意思決定をおこなった者たち・そしてそれを実際に形作った先人たちがあります。

 

奥歯を噛み締めながら髷を切っていった人々の、未来を見据えた英断がみなさんにはどう映るでしょうか。

 

みなさんを責めたいわけではない。

でもまずは知ってほしい。自分たちの親を。先輩を。

 

そうした時代の脈絡をすべて引っ張って開催してきたJapan Mission Project.

 

これはただのイベントではありません。

Japan Mission Projectというイベント自体は確かに今回の大阪にて終了となりました。

 

しかし意志は長く長く紡がれ行くもの。時代に刻まれるものです。

 

私たちが伝えたかったのはまさにJapanの深くに眠る我らに共通する人間社会への意志であり、Japanの譲ることのできないプライドであり、Japanの愛そのものです。

 

現代の若者たちを少し否定的な表現もしましたが、裏を返せば彼ら。。というか僕らも時代の被害者であるとも言えます。

幸せを感じられない誰しもがそうです。自分1人で周りの環境含めすべてを決定し、すべてを変革していくことはできないからです。

 

今日をもってJapan Mission Projectを終え、僕の中でも大きな一つの区切りとなりました。

 

明日以降また気持ちを新たに、自分のMissionを果たして行くべく動いて参ります。

今日まで応援してくださったみなさま、本当にありがとうございました。私はこれからも時代の変革のため教育・経済・政治を変革していく動きをとりたい。中でも1番はまず教育であると思っています。

 

違った形での動きがこれからあるかと思います。

どんな形であれ、やろうとしてることはいつも変わらず。

ただ純粋に誰もが幸せに、楽しく人生を過ごしていける世界の実現に向けて。

ワクワクできる未来をつくっていきたい。

ワクワクしながら生きていきたい。

 

シンプルにそれだけです。

 

本当にJapan Mission Projectへの応援・ご協力いただいたみなさまありがとうございました!!

 

ひでき

元同期と食事して、自分のMissionを再確認した話

昨日は僕が昔いた会社の同期であり、僕がネットワークビジネスをやっていたとき(20代の時にやってました)に、一緒にわーわー楽しく騒ぎながらビジネスしていた仲間と久しぶりに会ってきた。

 

確かに彼はその当時からビジネスの片鱗を見せてたんだけど、同い年にして、今や会社を3つ立ち上げ、そのいずれもが大きく収益も産み出し、日本最高層のタワマンに住み、素敵なお子さんと奥さんと会社のオフィスまでも紹介してくれたものだから、不思議な時間が立て続き、なんとも味わったことのない刺激を受けて帰って来た。

 

ただ、経済的にもだし、家庭や仕事仲間といった周囲の人間関係等の環境が変わっても、彼の中の生きていくエネルギーは変わっていなかった。

 

人間の根本の生きるエネルギー、バイタリティというのはそうなのだろう。

変わらずに彼は一貫した思いで今も昔もビジネスを続けている。

システムエンジニアとして職をスタートした彼の場合のエネルギーはこうだ。

 

 

「なんでこんなにも楽しくなさそうに仕事している人が多いんだろう。自分より優秀な人間がいっぱいいるのに、こんな低賃金で、こんな狭い空間に押し込められ、やらされの受け身姿勢でみんな仕事をしている。もっと彼らの才能を生かしていけないものだろうか。」

 

彼は働くことへの楽しさをいつも求めていました。

そのテンションは僕も一緒にいた時からすごく感じていて、ネットワークビジネスも”楽しい”からやっていた。僕も同じでした。

僕に紹介をくれたのは彼でした。

当時の僕は、他のビジネスの誘いも含め多くを断っていましたが、彼から声かけられた時だけは違った。”おもしろみ”を感じたんです。

 

そしてそれは今尚続く彼の仕事へのバイタリティでもあり、まさに人生を歩むバイタリティでもあります。

 

おそらく彼はもっともっと会社を大きくするだろうし、もっと会社も有名になっていくことでしょう。

20~30代だけでやってて、仲間内でひたすら楽しくやるというサークル感ありながら、仕事は仕事ですっごいちゃんとやってるみたいです。

 

昨年まで年に3回も海外に社員旅行行ったり、今度事務所移転して寝ながら仕事できるようにもするみたいだし、もう一般企業からしたら色々と意味不明でツッコミどころ満載な素敵さです。

 

彼は「世界一楽しいシステム会社をつくる」と豪語してますが、まんざら嘘つきにも思えません。。

 

今後はその面白さを世の中にも発信していこうとしてるみたいで、メディアを通じもっと有名になってくるかもしれません。

 

株式会社オークン | 働くって楽しい。

WEBページの構築や資料・映像制作を代行してます。

本当に優秀な人間しかいなかったし、とても楽しそうにみんなが仕事しています。

それがほんとに印象的でした。

 

個人〜大企業まで問わず仕事を請けてるので、必要な方はぜひお声がけしてみてください。

 

そして。

その一方で僕は改めて”教育”という分野において自分のできることを精一杯やっていこうと思ったのでした。

 

彼と話をした後、思い出した動画があります。

それがこちらですが

www.youtube.com

 

要は既存の枠組みにとらわれない、新しい教育の必要性を元同期の彼と、この動画でプレゼンしてるLogan LaPlanteくんを通じて感じたんです。

 

時代はまったく新しいことを要求してる。

それは”働き方”という点でもそうだし、”教育”という分野においてもそうです。

 

世の中は変化に対応できなかった組織が潰れていった歴史でもあります。

いかなる変化を日本の教育・世界の教育に起こしていくのか。

 

僕も今回の再開で刺激をたくさんもらえました。

これからまた動きを加速できそうです。

 

ひでき

世の中つまらない?だったら、チャンスだ。

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世の中をどうとらえるか?
それは人によって異なる。

 

人の認識はそれぞれに異なるわけだから、今の時代をどうとらえようが人それぞれ。

 

その各自の捉え方に対して誰も良いとか悪いとか言う権利はない。

でもつまんない世の中を、オモシロおかしく変えられるとしたらどうだろう?


ちょっとはワクワクしてくるだろうか。

私たちはみな子供として生まれてくる。
大人のまま生まれてくる者はいない。

 

子供の時は誰しも経験が浅いので、多様な物事と初めて出会い、興味を示す。
始めはさまざまなものを口に運ぶ。

 

そうして何が食べられて、何が食べられないのか、何がおいしくて、何がおいしくないのかを学んでいく。

初めて昆虫と出会ったら、みな私たちは興味を抱く。
自分たち人間以外の生命は、私たちと全く異なる生き方をしてる。

毎日お風呂に入ったりしないし、ごはんを食べるときに「いただきます」とか言わない。
その「自分とは違うこと・今まで出会ったことのないこと」に人は興味を抱く。

 

自分の知性で理解できないことに出会ったら、「どういうことだ?」と学ぶ意欲をもつのが子供。
「よくわかんない」と理解を諦めたら、もう大人化が進んでいる。

いつだって出会うものが新鮮だから、子どもはいつもワクワクしてる。
毎日にマンネリしてきたら、ワクワクを失い、人生はつまらなくなる。

 

世の中が、人生が、つまらないのはあなた一人のせいではない。
世の中が悪い。

それもある。

でも世の中が100%悪いわけでもない。
あなたにも責任はある。

でもあなたが100%悪いわけでもない。

 

 

「幸せはいつも自分の自分の心が決める」
と言った人がある。

確かにそうである。
それを少し噛み砕くと、以下のように言うことができる。

「幸せかどうかは、いつも幸せを感じる主体である自分自身の心(観点)が決めるものである。
観点とはレンズのフィルターのようなもので、青のフィルターを通せば世の中は青く、赤のフィルターを通せば世の中は赤く染まる。
幸せなフィルターを通せば幸せな人生になり、不幸のフィルターを通せば人生はいつまでも不幸である。」

自分の心が決めることをわかっていても、自分の心がコントロールできないもんだから私たちは困ってしまう。

そう、だからは私たちは心のコントロールの仕方を学ばなければならない。幸せになりたいのであれば。

私たちのほとんど多くは体を自由に動かくすことは難なくできる。
右を向いたり、左を向いたり、キーボードの狙ったキーを打ったり、思い切りジャンプしたり。
体をコントロールすることに関してはプロフェッショナルだと言えるだろう。

では一方で心はどうだろう。

いつも冷静でいたくとも、些細なことで心はざわつき、いら立ちを覚えることが多くある。
溢れる思いを目の前の人に伝え、相手に愛を伝えたい、という心は、いとも簡単にうちひしがれることが多くある。(そうでない人は少ない)

いつも幸せでいたいと思っていても、その心が本当に幸せでないことに我々は気づいている。
でもそれを意識的に無くそう無くそうと試みている。でも無くせずにいる。

いつもワクワク楽しく幸せである心はどのようにして構築可能なのか?

時代の圧縮が進み、人の心が苦しむことは望みたくない。
だが、それ故認識技術を必要とする時代が差し迫っていることも事実だ。

願わくは、苦しみ絶望を感じるより先に、心が喜ぶ価値を先に見出して広げていきたい。

今までには無いチームプレーの形

認識技術「観術」の価値は様々な形で表現できますが、その中でも実際的な価値は「チームプレー」だと思います。

 

これまで何度かブログに書いてきた通り、僕は学生時代必死にサッカーをしてきました。

 

どんなに練習が辛くても頑張れたのは、共に同じ目標に向かって頑張る仲間がいたからだし、そもそもサッカーという競技を楽しむことができるのは自分以外の10人がいてくれるからです。

 

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サッカーというスポーツは非常に奥が深くて(まぁ奥が深くないスポーツなんてないのかもしれないけど)、全員が流動的に動くことで成り立っています。

 

アイコンタクトもサッカーのゲーム中にはよくあることで、チームメイトがどれだけ信用をしきれているのか、というのが本当にゲーム中に現れます。

 

「こいつはこのタイミングで、この軌道でパスを欲しがっている」というのがわかっている関係があると、本当に奇跡的なゴールに結びついたりするんですよね。

 

とまぁ、チームプレーの重要性とか、その醍醐味というのはみなさん少なからずこれまで様々な場面で感じてこられたことでしょう。

 

部活以外でも、学校での学園祭や修学旅行、社会人サークルや塾、会社のプロジェクト等々。

 

ただこれまでみなさんが感じて来られたチームプレーとは明らかに異質なチームプレーを可能にするのが認識技術「観術」です。

 

私がここまで言い切れるのは、これまでに経験した数々の奇跡と、周囲の仲間との関係性があるからです。

 

観術という技術は「観」点を次元上昇させる技「術」なわけです。

 

観点の次元上昇がチームプレーとどう関係するのか

観点とは(正確じゃ無いが)、簡単に言えばものごとの「考え方・捉え方」のこと。

 

次元上昇とは、見ている抽象度がひとつあがるということです。

サッカーはひとつ抽象度をあげれば「スポーツ」であり、スポーツをより抽象度をあげれば例えば「娯楽」ということができるでしょう。

 

抽象度をあげるということは異なるものをグルーピングする、まとめるということでもあります。

 

サッカーと野球は別の競技だけど、「スポーツ」という枠の中にまとめることができるし、サッカーと麻雀も「娯楽」というところまで抽象度をあげれば同じ枠組みの中に入れることができます。

 

そう、ですので観点の次元上昇が意味するところは「考え方・捉え方が異なる者同士であったとしても、同じ枠組みのなかで考えをまとめることができる」ということになります。

 

もうちょっと補足というか、現実に使えるところに即して言えば、

「絶対に分かり合えないと思っていた人とでも、分かり合えることができてしまう」

というのが観点の次元上昇の価値です。

 

異なる考え方と思っていたAさんだったけど、実は抽象度をあげてみたら考えの共通している部分が見えてくるわけです。

 

チームプレーを強めることを阻害することの多くは「考え方の不一致」です。

 

「なんとなく」気にくわない相手というのは相手の「考え方」、これはあえて言い換えれば相手の「価値観」が気にくわないわけです。

 

だから気にくわない相手が存在してしまう。

気にくわない相手とはチームプレーができません。

 

逆にチームプレーがうまい人というのは、総じて思考が柔らかく、多くの異なる思考を受け入れる器の大きさをもっています。

 

これを可能にするのが認識技術です。

 

もちろんいきなり誰とでも仲良くなれるとか、そんな話ではありません。

技術を習得するのは多少の時間もかかりますから、徐々に変化していく部分も多くあります。

 

でも着実に変わっていくのです。

そうして生まれて来た今までに味わったことのない変化したチームプレーの形。

 

仲間たちとディスカッションをしながらそれを感じた夜でした。

今までの自分の価値観では到底受け入れてこなかったであろう、年配者の意見の数々。

 

そうした異質を随分楽しめる自分になってきました。

 

ひでき