読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

26歳で死んだ男のブログ

現代に必要なのはありふれた情報でなく、個人の人生も社会も抜本的に変化させる今までに無かった全く新しい知識・技術・商品である。

世の中つまらない?だったら、チャンスだ。

f:id:mdchideki:20170512110305j:plain

 

世の中をどうとらえるか?
それは人によって異なる。

 

人の認識はそれぞれに異なるわけだから、今の時代をどうとらえようが人それぞれ。

 

その各自の捉え方に対して誰も良いとか悪いとか言う権利はない。

でもつまんない世の中を、オモシロおかしく変えられるとしたらどうだろう?


ちょっとはワクワクしてくるだろうか。

私たちはみな子供として生まれてくる。
大人のまま生まれてくる者はいない。

 

子供の時は誰しも経験が浅いので、多様な物事と初めて出会い、興味を示す。
始めはさまざまなものを口に運ぶ。

 

そうして何が食べられて、何が食べられないのか、何がおいしくて、何がおいしくないのかを学んでいく。

初めて昆虫と出会ったら、みな私たちは興味を抱く。
自分たち人間以外の生命は、私たちと全く異なる生き方をしてる。

毎日お風呂に入ったりしないし、ごはんを食べるときに「いただきます」とか言わない。
その「自分とは違うこと・今まで出会ったことのないこと」に人は興味を抱く。

 

自分の知性で理解できないことに出会ったら、「どういうことだ?」と学ぶ意欲をもつのが子供。
「よくわかんない」と理解を諦めたら、もう大人化が進んでいる。

いつだって出会うものが新鮮だから、子どもはいつもワクワクしてる。
毎日にマンネリしてきたら、ワクワクを失い、人生はつまらなくなる。

 

世の中が、人生が、つまらないのはあなた一人のせいではない。
世の中が悪い。

それもある。

でも世の中が100%悪いわけでもない。
あなたにも責任はある。

でもあなたが100%悪いわけでもない。

 

 

「幸せはいつも自分の自分の心が決める」
と言った人がある。

確かにそうである。
それを少し噛み砕くと、以下のように言うことができる。

「幸せかどうかは、いつも幸せを感じる主体である自分自身の心(観点)が決めるものである。
観点とはレンズのフィルターのようなもので、青のフィルターを通せば世の中は青く、赤のフィルターを通せば世の中は赤く染まる。
幸せなフィルターを通せば幸せな人生になり、不幸のフィルターを通せば人生はいつまでも不幸である。」

自分の心が決めることをわかっていても、自分の心がコントロールできないもんだから私たちは困ってしまう。

そう、だからは私たちは心のコントロールの仕方を学ばなければならない。幸せになりたいのであれば。

私たちのほとんど多くは体を自由に動かくすことは難なくできる。
右を向いたり、左を向いたり、キーボードの狙ったキーを打ったり、思い切りジャンプしたり。
体をコントロールすることに関してはプロフェッショナルだと言えるだろう。

では一方で心はどうだろう。

いつも冷静でいたくとも、些細なことで心はざわつき、いら立ちを覚えることが多くある。
溢れる思いを目の前の人に伝え、相手に愛を伝えたい、という心は、いとも簡単にうちひしがれることが多くある。(そうでない人は少ない)

いつも幸せでいたいと思っていても、その心が本当に幸せでないことに我々は気づいている。
でもそれを意識的に無くそう無くそうと試みている。でも無くせずにいる。

いつもワクワク楽しく幸せである心はどのようにして構築可能なのか?

時代の圧縮が進み、人の心が苦しむことは望みたくない。
だが、それ故認識技術を必要とする時代が差し迫っていることも事実だ。

願わくは、苦しみ絶望を感じるより先に、心が喜ぶ価値を先に見出して広げていきたい。